タジキスタン援助

タジキスタン現地入りしたスタッフからの報告

2023年9月20日、ドイツ国際平和村スタッフ、クラウディア・ペップミュラーとヒクマット・ヨロフが、食糧物資支援活動のためにタジキスタンへ向かいました。その際に、治療を終えた3人の子どもたちも帰国することができました。

以下、スタッフによるタジキスタン現地からの報告です。

【2023年10月3日(火)タジキスタン現地パートナーより】

タジキスタン現地パートナーより、食糧物資を配布するためソグド州に向かったと連絡がありました。ソグド州は、3000mの高地にありウズベキスタンとの国境に面しています。この山岳地帯では人々はシンプルな生活をしています。

現地パートナーは、パミール高原の人々への食糧物資支援も予定しています。パミール高原は、平均標高5000mで、厳しい冬季を乗り越えるためにも、食糧物資が必要です。現在、既にマイナス気温を記録しています。今年の食糧物資支援活動を、昨年より数週間早く始めた理由はこのためです。

写真は、クルガンテッパでの配布の様子です。

 

【2023年9月28日(木)タジキスタン・ドゥシャンベ】

ここ2日間、首都ドゥシャンベとウズベキスタン国境付近の町で食糧物資を配布していました。片親家族や貧困家庭に配りました。昨年、食糧物資セットを配った人々にも再会しました。その中には、重度の障害のため、現地パートナーを介して、在宅セラピー支援を受けている人もいます。

以下、食糧物資支援の写真を共有します。

【2023年9月27日(火)タジキスタン・クルガンテッパ】

心身に障害を抱えた子どもの兄弟姉妹たちが、その子どもを温かく見守っている様子を私たちはよく見かけました。例えば、8才のハムザです。2才年上の兄、ジャムシッドは介護が必要です。母親とこの兄弟は、クルガンテッパの郊外に住んでいます。今回、食糧支援物資を届けに行った際、彼は一人で私たちを迎え入れてくれました。この利発的な男の子は、母親は仕事に行っていると説明しました。母親と交代でジャムシッドの面倒をみているのです。ハムザが学校から帰ってくると、母親は仕事に行きます。ハムザは不満そうには見えませんでした。叶わない夢だとわかっているけど、ハムザはお兄ちゃんとサッカーをしたいと心から願っています。

【2023年9月27日(水)タジキスタン・ドゥシャンベ/ジャイフン】

ジャイフンでの出会いをお伝えします。チェルノブイリ原発事故が発生した際、当時兵士としてチェルノブイリに駐屯していた男性と出会いました。彼の妻によると、彼は13年前に放射線病を発症したと言います。初期は、松葉杖をついて歩くことができましたが、車いす移動になり、その後寝たきりになってしまいました。精神面ではすべてを理解しています。もうすぐ60才になる彼は骨が浮き出すほどやせ細っています。私たちが訪れたとき、彼は食糧支援物資への感謝を込めて、震える手を胸にしながら、喜びの涙を流していました。彼らの娘や息子、そして孫たちにも、放射線被害の影響が出始めています。先日まで、息子がロシアから生活費を送ってくれていましたが、彼も発症してしまいました。この家族の唯一の頼りは、何十年も困難状況にある人々のために活動している女性、シオダです。ドイツ国際平和村現地パートナーのネットワークでつながっている人でもあります。この家族ととともに訪問した私たち皆、ウクライナ・ザポリージャの原子力発電所をことを気にかけています。

【2023年9月26日(火)タジキスタン・ドゥシャンベ/Qabodiyon】

Qabodiyonでは、生き生きと活気のある女の子、ニギナに出会いました。彼女は、母親、祖父、弟とともに、鶏を飼いながら小さな農場に住んでいます。弟は水頭症を抱えていて、話すことができませんが、彼が伝えようとしていることをニギナが伝達してくれています。また、母親と一緒に学んだリハビリを彼に行っています。とても誇らしげな様子で私たちにリハビリを見せてくれました。また、ニギナは歌も歌ってくれましたが、その様子を見ている祖父もニギナのことを誇らしく思っているようでした。ニギナの母親が家族全員を養っていますが、彼女のわずかな収入だけでは足りなく、食糧物資支援を喜んでいました。私たちも、この家族が互いに助け合い調和している様子に温かい気持ちになりました。

現地パートナーは、リハビリを担当するスタッフであるMasturaと頻繁に連絡を取り合っていて、このリハビリプロジェクトのためにドイツ国際平和村は援助物資も届けています。

Qabodiyonでの食糧物資の受け渡しの際に、ある家族の様子を垣間見ることができました。シャクゾダは6人の子どもを産みました。そのうちの2人の娘は、重度の認知行動障害を持っていて、自傷行為衝動を伴っています。年上の娘の場合、彼女が自身を傷つけないために彼女を拘束する以外に方法が見つからないことがあります。年下の娘は、リハビリを担当するスタッフMasturaと早期に出会うことができ、セラピーを開始することができました。

【2023年9月25日(月) タジキスタン・ドゥシャンベ/クルガンテッパ】

9月21日木曜日から、現地パートナー団体のネットワークを介して、クリャーブ、クルガンテッパ、ジャイフンなどの南西部の地域で、食糧物資を配布していました。そして、先ほど、タジキスタン南西部から首都ドゥシャンベに戻りました。

これらの食糧品は、心身の機能に制限がある子どもたちを抱えた家族や片親家族に配られました。ドイツ市民の皆さんと協力して基礎食品を詰めた段ボール箱をタジキスタンへ送るパケットアクションを実施したい気持ちはあるのですが、ロジスティックにかかる費用が高騰したままで、現地パートナーと相談した結果、タジキスタン現地で食糧物資を購入し、配布することにしました。

人々にとって、この食糧物資支援は大変重要でした!食糧品の価格はいまだ高騰しています。例えば、小麦粉は、8月から25%近くも高騰しました。重病の子どもや親族の面倒をみる必要のない家族であっても、生活費のやりくりは大変です。そして、70度(ジャイフン)、57度(Qobodion)を記録するほどの猛暑が、作物を破壊してしまいました。

食糧物資の配布場所に来れなかった家族には、食糧物資セットを届けました。受け取った家族は皆大変喜んでいました。特に、砂糖、果物が必要とされていました。それは、冬季に向けて保存食を今から作っていくためです。9月にこの食糧物資支援を実施でき、支援の重要性を実感しました。

クルガンテッパでは、21歳の女性、マニシャに出会いました。彼女の配偶者は、所有する土地の大部分を売ったあと、彼女と重度障害を持った子ども2人を残して去っていきました。自分たちで育てた野菜や果物も持っていってしまったのです。5歳の娘と6歳の息子は、生まれてから歩いたことはなく、言葉も発せず、介護が必要です。また、彼女の母親も重病で寝たきりのため介護が必要です。彼女の父親は精神的な問題を抱えており、彼女をサポートすることは難しいです。その父親と共有するトイレが屋外にあり、水も屋外から汲んでこなければなりません。この家族は、収入はなく、周りの人々の温かさなしには過ごすことができません。この度の食糧物資支援にマニシャは大喜びし、ハグをしながら感動の涙が彼女のほほに流れました。

 

【2023年9月23日(土)タジキスタン・クリャーブ】

「『食糧物資の配布をします』と告知していたとしたら、何千人もの人が押し寄せていたことでしょう。」と、タジキスタン・クリャーブで活動する団体のスタッフ、クワァラミニソが言います。この心温かさを感じさせる女性スタッフは、食糧物資200セットを、片親家族、過去または現在リハビリを担当している家族へ届けることにしました。今日は、クリャーブで話をした女性や子どもを紹介します。

マニシャは歩行が自由にできません。彼女は、このクリャーブの団体が提供する歩行トレーニングだけでなく、裁縫の職業訓練も受けています。約3年前から、裁縫を通して家族を養うための収入を得ています。マニシャの配偶者は、子どものとき両脚をなくし、生活費を得ることがかなり難しいです。金銭面で困難があろうとも、この夫婦はこの状況でできる限りのベストを尽くしています。特に、もうすぐ就学する2人の子どもたちのために頑張っています。

15歳のオイシャの家族も、収入を得ているのは父親一人です。オイシャは、歩行機能と精神の機能に制限をもって生まれ、12年前からこのクリャーブの団体の支援を受けています。言語治療も受けています。今日、生きいきとしたオイシャは、かつてファームであった彼女の家を案内してくれました。約2年前から、オイシャは歩けるようになりました。家族は、無償で支援を受けられたことに感謝していました。オイシャの家族は、牧舎を持っていますが、牛を手に入れる余裕はありません。家族の庭で収穫できるトマトやその他の野菜に喜んでいます。

写真に写っている女性たちは、食糧物資の支援を大変ありがたく思っています。この女性たちは、このクリャーブの団体がプロジェクトを開始してからずっとつながりがあります。手作業の訓練も受け、家族を少しずつ養うこともできるようになりました。

この女性たち、クリャーブの団体のスタッフ、ドイツ国際平和村スタッフ一同、タジキスタンにおける食糧物資支援活動を資金面で支援してくださった皆さんに感謝しています。今日、開始した分配作業を通し、人々の生活に役に立っていることを実感しました。「『苦難の日々を送っている私たちのことを忘れずにいてくれる人々がいる』と感じられることも私たちを元気づけます。」とクリャーブの団体のクワァラミニソが、クリャーブの人々を代表し言いました。

【2023年9月21日(木)】

治療が終わったと知ると子どもたちは、帰国の日がいつか度々聞いてきます。今回帰国できた3人の子どもたちもそうでした。子どもたちの施設では、帰国の日までの表現の仕方は、「あと何回寝るか」です。はじめは、11月のチャーター便で帰国予定でしたが、この3人は一足早く帰国することができました。

タジキスタンにおける第2回目の食糧物資支援活動の準備のため、私たちはこの度ドゥシャンベに来ました。この3人の子どもたちの家族や親族が待ち構えていて、帰国できた子どもたち3人は大歓迎を受けました。私たちにとっても嬉しい瞬間です。家族の皆さんより、「ドイツ国際平和村に関わる皆さんへの感謝を伝えてほしい」という言葉がありました。

Schreibe einen Kommentar

Deine E-Mail-Adresse wird nicht veröffentlicht. Erforderliche Felder sind mit * markiert