アフガニスタン・パートナーにインタビュー

アフガニスタンでケガや病気を抱えた子どもたちと面会するマルーフ・ニアジ医師

アフガニスタン パートナー
マルーフ・ニアジ医師にインタビュー

【どのような経緯でドイツ国際平和村とともに活動するようになったのですか?】

私がドイツ国際平和村の活動に出会ったのは、1988年です。ある日、午前9時ごろ、私が働く病院を、当時ドイツ国際平和村の代表を務めていた故ロナルド・ゲーゲンフルトナーが訪れました。彼は母国では治すことができないケガを負った子どもたちにドイツでの治療を提供するため、年に4回アフガニスタンに来ていると言っていました。この日、彼はこの病院でケガを負った子どもたちの面会を行う予定でした。この出会いが、私がドイツ国際平和村と協力して活動するきっかけとなりました。私自身、それまで、アフガニスタンで支援活動を行っているドイツ人に会ったことがありませんでした。当時、アフガニスタンは、ロシアの占領下にあり、私自身は医師になったばかりの若者で、このようなドイツ人がいることは信じがたいことでした。しかし今考えれば、ドイツとアフガニスタンの100年続く友好関係上、自然な支援にも感じられます。

【あなたにとって、ドイツ国際平和村との活動はどのような意味を持ちますか?】

アフガニスタンでは、30年以上も紛争が続いています。アフガニスタンには平和が必要です。「平和」は、もしかすると食事をすることよりも大きな意味を持つのかもしれません。教育やインフラなどは、平和が実現して、はじめて構築されます。

【特に印象に残っている子どもはいますか?】

治療のため渡独する子どもたちに同伴してカブール空港で待機していた時に、一人の空港職員が私たちの方にやって来ました。彼自身、20年前にドイツ国際平和村スタッフや私と共に治療のため渡独したそうです。彼は現在アリアナ・アフガン航空に勤務しています。彼は子どもたちの空港内の移動の際に、とても協力的でした。彼の現在の姿は、ドイツ国際平和村の活動を反映していて、心を打たれました。大人になった「かつての子どもたち」は彼だけではありません。かつての子どもたちとの再会は、他にも多くあります。アフガニスタンの地方都市から首都カブールまで、タクシーで移動せざるを得なかった時のことです。タクシー運転手がどこに住んでいるかなどの質問をしてきました。目的地に着き、私が料金について聞くと、運転手は支払わなくて良いと言うのです。彼も前述した空港職員と同様、子どもの時に

ドイツ国際平和村の支援を受けたことがあると話してくれました。彼はドイツでの治療援助を受ける前、アフガニスタンの病院では両腕を切断しなくてはいけないと言われていました。しかし彼はドイツ国際平和村の支援を受け、両腕を切断する必要のない治療を受けることができたため、現在、タクシー運転手として妻と2人の子どもを養うことができているのです。

【将来に何を望みますか?】

平和

 

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