アンゴラ -(ほぼ)忘れ去られている危機的状況にある国

2023年4月発行 ドイツ国際平和村レポート 特集記事 「アンゴラ」

現在の世界状況は、苦労や悲哀を報道するのに事欠くことはありません。しかしながら、またはだからこそ、目立たない危機的状況にある国々ことを忘却の彼方に押しやってはいけません。これらの地域は、ほぼ報道されることはなく、公衆の意識が向くこともなく、「静かな」危機的状況にある国と言えるでしょう。人道援助団体「CARE」の最近の報告、「2022年にヘッド・ラインに上がらなかった10の人道危機」によると、ドイツ国際平和村が援助している国「アンゴラ」が第1位となっていました。

2022年1月から10月の間のメディア分析によると、アンゴラについてのオンライントピックは世界中を合わせても2000件もありませんでした。ほぼ400万人のアンゴラ国民が十分な食糧を手に入れることができていない現実があるのにです。特にアンゴラ南部は、40年来の干ばつに苦しんでいます。5歳以下の11万4000人の子どもたちが、低栄養状態と診断されています。不衛生な飲料水、感染症に対する予防接種の不足は、小さな子どもたちへの医療対応をさらに難しくしています。すでに食糧品や生活必需品の人々への供給状況がひっ迫していたところに、ウクライナ・ロシア間の戦争が追い打ちをかけました。人々は、穀物類や食用油といった食料品の価格高騰に苦しんでいます。干ばつのために、国内の農業生産にも頼ることもできません。人々は生き延びるための最小限の物資を手に入れるために日々苦労しています。栄養が足りていない子どもたちは、さらに酷い状況に陥ります。

現在、世界の目がほぼ向いていないアンゴラではありますが、ドイツ国際平和村は、1994年からアンゴラ援助を続けています。アンゴラ現地パートナー団体「Kimbo Liombembwa」と協力して、ケガや病気を抱えた子どもたちを治療のためドイツに受け入れています。飛行機をチャーターした時は、援助物資もこの国に届けています。最近のチャーター便による援助飛行は、2022年10月に実施できました。治療のために、43人の子どもたちをドイツに受け入れました。現地での面会時に、医療援助が必要な多くの子どもたちに出会いました。多くは、泌尿器系、整形外科関連の問題を抱えています。特に、尿道狭窄が子どもたちの間に広まっています。ドイツでの治療が可能かを判断するために、ルアンダで家族と子どもたちと面会したドイツ国際平和村スタッフ、ビルギット・ヘルムートは、このような症状を多く見て驚きました。「貧困状態にある家族が、泌尿器系の治療を受けることはほぼできないでしょう。幼児用の医療器具や必要備品は、十分にありません。家族は、個人経営のクリニックから必要備品を買ったり、海外にいる親戚に、備品を買うようにお願いしたりしています。」 骨髄炎ややけどによる瘢痕拘縮も変わらず多い症状です。アンゴラでは適切な初期治療がなされないからです。

面会には、首都ルアンダに住む子どもたちだけでなく、地方の州からもやってきます。「ドイツからスタッフがルアンダ入りする数か月前から、様々な州に向かい、ドイツ国際平和村の支援が緊急に必要な子どもたちをリストにあげておきます。」と、現地パートナー団体の代表であり、小児科の女医セベリーナが言います。「可能であれば、子どもたちをアンゴラで治療したいのですが、残念ながら不可能です。特に地方では、医療インフラがなく、医療行為は何もできません。」地方に住む人々は、医療を受けるために長い道のりを移動しなければなりません。例えば、アンゴラ南部から首都ルアンダまでは、道路状況が悪いため、20時間もかかることがあります。

1994年から援助を開始してほぼ30年、そして、この第71回目のアンゴラ援助を通しても、この国への援助が必要なことは明らかです。この援助飛行で、43人がドイツでの治療の機会を得、以前の援助飛行で渡独し治療を終えた42人が帰国できました。治療を終えた子どもたちは、喜ぶ家族に迎えられ、健康に生きる未来への展望を得ることができました。

 

Kimbo Liombemba」のエトナへのインタビュー

2023年2月、アンゴラの子どもたち9人が帰国できました。現地パートナー団体「Kimbo Liombemba」の長年のスタッフであるエトナが子どもたちに同行しました。帰国前に、ドイツ・オーバーハウゼン市の平和村施設にて、エトナ(写真一番右)にインタビューしました。

ドイツ国際平和村との活動はどのくらいになりますか?

29年になります。アンゴラ内戦時代から、ドイツ国際平和村のことは知っていました。当時は、AADという団体で働いていました。この団体が、ドイツ国際平和村と協力関係にありました。2001年に、「Kimbo Liombembwa」が、故ロザリーノ医師によって設立され、ドイツ国際平和村との協力活動が続けられました。

アンゴラの病院の状況は?なぜ、外国での治療の機会が必要なのでしょうか?

アンゴラは豊かな国ですが、この冨の恩恵が得られるのは少人数です。アンゴラの保健システムは劣悪です。それには、約30年にわたる内戦という歴史的な理由もあります。以前は、簡易の薬さえもありませんでした。今日では、少なからずも基礎医薬品はあります。ただ、入院患者に付き添う親族は、病室で睡眠をとることができず、訪問時間以外は外で食事をし、知り合いの家などどこかで睡眠をとりながら、待機します。

渡独する子どもたちはどのように決められますか?

30年近くにわたるドイツ国際平和村の支援は、ここアンゴラで認知されています。ネットワークがアンゴラ各地に広がり、医療支援を必要としている人々が、私たちの団体に連絡してきます。多くの州に、私たちの団体の州担当者がいます。首都までの移動や帰国してきた子どもたちの家族のいる州への移動、家族とのコミュニケーションを担当しています。州担当者たちも、受け入れの基準に沿わない症状について知っていますので、そのような子どもとその家族には、支援できないことを伝えています。ドイツ国際平和村のスタッフがルアンダ入りして子どもたちと面会する前に、例えば、知的障害や精神に問題を抱えた子どもたちの家族に、ドイツでの治療は無理だろうと伝えます。最終決定は、ドイツ各地の協力病院の無償治療受け入れの状況などを考慮し、ドイツ国際平和村のスタッフが行います。

ケガや病気を抱えた子どもたちを見ることでやりきれない思いになることはありますか?

はい、つらいです。泣きたくなったり叫びたくなったりします。全ての子どもたちに、治療の機会を提供することはできません。例えば、癌や心臓病の子どもたちです。渡独できない子どもたちと出会うと、その子どもや家族の前で涙を見せないようにするために必死になるときがあります。

治療を終えアンゴラへ帰る子どもたちの流れを教えてください。

子どもたちがアンゴラへ到着後、ルアンダ出身の子どもたちは私たちの団体の建物の一室に集まります。そして、家族へ引き渡します。その際、治療に関する重要事項や継続治療が必要な場合の情報などを伝えます。地方へ帰る子どもたちは、ゲストハウスに2泊します。このゲストハウスは、ルアンダの港湾管理会社「Sogester」が無償で提供してくれています。(渡独が決まった地方出身の子どもたちが、ドイツへ出発する前の数日もここで宿泊します。)この宿泊先では、毎日3回、温かい食事が提供され、屋外の遊具で遊ぶことができます。ここで滞在したのち、それぞれの家族が待つ町へ帰り、家族への引き渡し、そして情報伝達が行われます。

かつての子どもたちとの連絡はありますか?

ドイツで治療の機会を得てアンゴラへ帰った子どもたちの中には、その後も時々に連絡をしてくる子どもたちもいます。帰国後も引き続き投薬治療が必要な子どもたちは、定期的に医薬品が必要なため、私たちのもとを訪れます。ルアンダには、かつての子どもたちのグループがあり、定期的に集まっています。その子たちには、ドイツから援助物資が届く時など、お手伝いをお願いしたりしています。

アンゴラの子どもたちへ何を願いますか?

富裕層と貧困層の隔たりがなくなることを願います。子どもたちの教育を受ける機会と保健システムが改善されることを願います。

Schreibe einen Kommentar

Deine E-Mail-Adresse wird nicht veröffentlicht. Erforderliche Felder sind mit * markiert