ミュラー堀籠晶子医師へのインタビュー!

ドイツで医師の資格を取得し、登録ボランティアの医師としてドイツ国際平和村を支えているミュラー堀籠晶子医師へのインタビュー!

【ドイツ国際平和村の活動に参加したきっかけは?】
放射線科医として勤務する夫を通じてドイツ国際平和村のことを知りました。彼は外傷外科医がドイツ国際平和村の子どもたちの治療計画を立てられるようにレントゲンやMRIといった画像の診断をしています。夫は子どもたちがとても重い傷を負っていることを知ってショックだと私によく話してくれました。
それ以来私もドイツ国際平和村について思いを巡らせるようになりました。ドイツ国際平和村のことを詳しく知りたいと思い、登録ボランティアセミナーに参加することに決めました。当初は私にできることがあるのか全く想像がつきませんでした。セミナーではドイツ国際平和村について詳しい紹介がありました。特にドイツ国際平和村のスタッフやベテランボランティアの方が大変親身に対応してくださったので、何の不安もなくボランティア活動を始めることができました。現在、施設内のリハビリセンターでの活動と地元の協力病院の付き添いボランティアをしています。
【ドイツ国際平和村でボランティアをするモチベーションは?】
子どもたちには「子どもらしく生きる」権利があります。ドイツ国際平和村の子どもたちがケガや病気の治療中であっても、紛争の恐怖を感じることなく思いっきり遊んだり幸せそうにはしゃいでいるのを見ると特にそう思います。
私はしばしば子どもたちが見せる精神的な強さや優しさに驚かされます。
痛みを伴う処置でも頑張って耐える子ども、処置が終わるととても誇らしげな顔で笑ってくれます。またホームシックで泣いている子を必死に慰める子どももいます。私は子どもたちの助け合いの姿を見るたびに感動します。例えば処置室を片付けていると身動きに制限があっても一緒に手伝ってくれる子どもの姿があります。このように何度もたくさんの素晴らしい瞬間を経験します。私はドイツ国際平和村の子どもたちと一緒にいるととても幸せな気持ちになるのです。この時間は私にとって心温まる“プレゼント“であり、私のモチベーションになっています。
【特に心を動かされたエピソードがありますか?】
アフガニスタンから来た9歳の男の子が外傷外科病棟に入院することになり付き添いました。この男の子は入院前に3ヵ月間ドイツ国際平和村で生活しており、特に問題はありませんでした。ドイツ語も問題なく理解することができました。しかし治療のために病院に入院すると怖くなってしまったようです。周りが大人ばかりという病院の環境に驚いてしまったのでしょう。まともに会話をしてくれません。特に心配だったのは病院の食事にほとんど手を付けないことでした。信頼できる人も母国語を話す同郷のお友達も病院にはいません。この状況の中で何度も繰り返される手術に耐えなくてはなりませんでした。
ある日ドイツ国際平和村のスタッフと相談してこの子の母国語であるダリー語の本を持って行きました。この子は見慣れた母国語の文字を見た瞬間、目を輝かせてこの本をじっと見つめ、目を離しませんでした。一生懸命に文字をたどって解読しようとします。長らく学校に行っていないのでしょう。私はこの姿を見て非常に心が痛みました。ドイツでは子どもたちが当たり前のように学校に通い、文字を習い、本を読むことで世界を広げることができます。しかしこの子にとっては何一つ当たり前ではなかったのです。この男の子は本を読むことをとても喜び、得意げにダリー語の単語を私に説明してくれました。こんなにおしゃべりをしてくれたのは初めてでした。
そうこうしているとお昼になり食事が運ばれてきました。私はこの子がまた食事に手を付けないだろうとあきらめていました。ところが何と誇らしげにこちらを見ながら食事を始めたのです!このことは私に大きな感動を与えてくれました。私たちの何とか支えたいという気持ちに応えてくれたのではないかと思います。あの時の笑顔を忘れることは決してないでしょう。
【ドイツ国際平和村に何を望みますか?】
想像を絶する過酷な経験をしてきた子どもたちがそれでも必死に前を向いて治ろうとする姿を見るたびに畏敬の念を抱きます。
ドイツ国際平和村は子どもたちのけがや病気を治すだけではなく、心に希望の灯をともし、この希望をつなげていく活動だと感じました。この希望の灯がたとえどんなに小さくなってしまうときがあっても消えずに心の中にあり続けてほしいと強く願います。
ドイツ国際平和村がこれからも多くの病気やケガで苦しんでいる子どもたちを助けて、元気になった子どもたちが現地で希望をつなげてほしいと心から願います。
またドイツ国際平和村が私たちに偏見を持たずに他者と関わる姿勢と平和の価値を意識させる機会を与え続けてほしいと願います。平和は決して当たり前ではないことを認識しなければなりません。

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