アンゴラへ飛び立つ前に

帰国パーティでは、様々な発表がありました!

アンゴラの子どもたちの母国語であるポルトガル語に意訳された“All of Me” や最近大流行の“Despacito“の熱唱、それに、マンボナンバーファイブにあわせたダンスの発表。

これらは、ドイツ国際平和村のホールで開催された帰国パーティのプログラムの一部です。発表には、アンゴラへ帰国する子どもたちだけでなく、他の国の子どもたちやスタッフも参加しました。たくさんの拍手で包まれたこのパーティの司会を務めたのは、ドイツ国際平和村の登録ボランティアです。彼女のおかげで2時間以上に渡ったこのパーティが無事に進行しました。

子どもたちは、平均して6ヶ月から1年、治療のためドイツに滞在します。他の多くの登録ボランティアもこのパーティに参加していました。アンドレア・ポスターさんは、ゲロルシュタイン市の病院にて、ドイツ国際平和村が受け入れた11歳のジョーンズの入院中、付き添いボランティアをしていました。彼女は、そのときのことを思い出します。「長い入院中に何度も彼を訪れることで、彼と仲良くなりました。」それでも、退院後オーバーハウゼンの施設でリハビリを行っている彼が、ポスターさんとの再会に少し引っ込み思案になってしまうのは当然のことでしょう。「入院中の彼にとって私たちが支えであったように、施設での生活では彼の友人たちが彼にとって重要です。」とポスターさんは語ります。

北ドイツのローテンブルグ市の支援グループからは、マニュエルの入院中に付き添いボランティアをしていたトーステン・フェラーさんがこのパーティーに参加し、次のように語りました。「特別な状況である入院滞在から、他の子どもたちや同郷の子どもたちとともに、ここ平和村の施設にて、心身ともに帰国の準備ができることは子どもたちにとって必要なことだと思います。」 彼は、300キロメートルも離れたローテンブルグ市から、お別れのためにオーバーハウゼンに来ました。

お別れの辛さは子どもたちにあるでしょうか?ポスターさんは、ジョーンズの様子を見ながら言います。「彼はドイツでの時間を楽しみました。多くの人と接し、元気になっていきました。今は、家族の元に帰ることを彼はとても喜んでいます。」

夕食には、ピザやジュースが準備され、夕食後は、ドイツ国際平和村のスタッフによる発表で盛り上がりました。スタッフたちは、この後、帰国する子どもたちのかばんの荷造りがあります。この子どもたちのかばんの他にも、以前ドイツへ受け入れた子どもたちで引き続き投薬が必要な子どもたちの医薬品が準備されます。それらは、援助飛行に使うチャーター機で現地へと運ばれます。これらの援助物資があるからこそ、ドイツ各地の病院や登録ボランティア、そしてドイツ国際平和村が医療援助してきた子どもたちは、これからも母国で、健康を保ち続ける事ができるのです。ドイツ国際平和村の医療援助を受け、ドイツでの治療を受けた子どもたちは、2度目のチャンスを得て、母国で生きていきます。

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