活動の始まり

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ドイツ国際平和村・活動の始まり

始まりはベトナムへの援助

1967年、紛争で傷ついた子どもたちが、
ドイツ国際平和村の施設にやってきました

 

ドイツ国際平和村は、1967年7月に設立されました。当時の設立者たちの目的は、中東とイスラエルで起こった紛争で傷ついた子どもたちへの支援でした。ただ、この戦争は6日間で停戦となり(第三次中東戦争。別名、6日間戦争)、平和村の援助を届けることができませんでした。しかし、アジアに目を向けるとベトナムでは悲惨な戦争が引き起こされていました。

当時既に11年も続いていたベトナム戦争。ここでも、数え切れない人々が犠牲となっていました。テレビ画面を通し、悲惨な映像や亡くなった人々の映像が、市民の日常に飛び込んできたのです。それ以来、ベトナムとドイツ国際平和村は深く関わるようになりました。現在では、ドイツでの治療のためにベトナムから子どもたちを受け入れる必要もなく、ベトナムにおける現地プロジェクト活動も、現地の人の手によって運営・管理されています。

ドイツ国際平和村が、設立当初に支援をしたベトナムの子どもたちは、ポリオ(小児麻痺)のような当時ベトナムでは対症療法がなかった病気や、戦争で負傷した男の子や女の子たちでした。

1971年から75年まで、ドイツ国際平和村の代表を務めたペーター・ステューベ氏が、当時を回顧します。「ドイツへ受け入れる子どもたちに会うために、南ベトナムのボランティア医師が、現地の管轄局、警察、軍部と連絡をとってくれました。同時にドイツ国内では、治療を無償で請け負ってくれる協力病院を探しました。」

子どもたちへの治療と現地プロジェクト活動の始まり

そして、1967年12月、ベトナム戦争で傷ついた子どもたちが初めてドイツ・オーバーハウゼンにやってきました。その子どもたちの多くは、ナパーム弾の被害を受けた子どもたちでした。母国で治療を受けられない子どもたちへ治療の機会を提供するドイツ国際平和村の活動が具体的に始まった瞬間でした。1972年には、平和村施設に約130人のベトナムの子どもたちが生活していました。ドイツ国際平和村の設立者も、子どもたちは治療後、母国に帰るべきだという考えを持っていました。

同時に、子どもたちの母国における現地プロジェクト活動の構想もありました。具体的には、ベトナムのダラット市にリハビリテーションセンターを建設するなどの活動です。まだベトナム戦争時下であった1973年、救援ステーション「Mimosa」が建設されました。これが、現在も他の国で続けているドイツ国際平和村の現地プロジェクト活動の始まりでした。ベトナムから受け入れていた子どもたちでドイツでの治療を終えた子どもたちが、1974年、はじめて帰国しました。1974年、1975年、ダラット市でリハビリセンターの建設をしていましたが、当時の戦況により、運営することができなくなりました。

帰国が不可能に・・・

1975年4月のベトナム戦争終結により、状況が変わりました。ベトナムは、北ベトナムによる政治体制によって統一されました。南ベトナムから受け入れていた子どもたちの帰国の途が閉ざされたのです。新しいベトナム政府は子どもたちの帰国を拒みました。この当時、子どもたちを母国ベトナムに帰すことができなかったことは、ドイツ国際平和村がした最大の失敗であることを現在の代表は認めています。

また、子どもたちを母国に帰すということに関して、ドイツ国際平和村の団体内部でも意見の相違があり、ベトナム大使館からの連絡を受け入れてしまいました。

ドイツ国内に残された子どもたち約100人が、ドイツ・オーバーハウゼン市にて生活を送ることになりました。ベトナムから治療のために、渡独してきた子どもたちの滞在目的の変更やドイツ社会への融合を進めること。これらが、1980年代に入るまで、ドイツ国際平和村の主な活動でした。

また、ベトナム戦争終結後、ベトナムとの連絡も途絶えました。約10年経ってから、ようやくドイツ国際平和村の活動をまた進められるようになりました。

政権や政党を超えた活動を基本に

この経験から、ドイツ国際平和村スタッフは学びました。「子どもたちの母国への帰国」は必ず実行されるべきです。これは、ドイツへ子どもたちを受け入れる際の条件の一つとなっています。加えて、ドイツ国際平和村の活動は、独立した一団体として、政権や政党、宗教といった枠を越えて取り組まれるべきです。政治体制によって子どもたちの帰国が危ぶまれないようにすることが重要です。

1990年代に入ってようやく、ダラット市の施設が再開し、ベトナムのその他の都市でも、リハビリセンター、学校などの施設を建設しました。それによって、子どもたちが治療のために、ベトナムからドイツへ来る必要はなくなり、家族がいる母国ベトナムでの治療が可能になりました。また、ベトナムの各地に100ヶ所の基礎健康診療所も建設しました。僻地の人々へ基礎医療を届けることができ、医療環境が改善されました。

2011年、ドイツ国際平和村のスタッフがベトナムへ赴き、平和村施設を訪問しました。

訪問したプロジェクトは全て定められた活動目的に沿って運営されていました。医療インフラは整っていると判断し、これがベトナムへの最後の訪問となりました。ただそれでも、戦争の爪あとは残っています。今もなお、重度の形成異常や精神疾患を抱えた子どもたちが生まれています。それらは、枯葉剤による影響だと見られています。人々は、放射能を含む土壌、汚染された水がある場所で生活しているのです。

ただ、子どもたちは、母国の家族のもとで、そして平和村の現地プロジェクト活動にて建設した施設にて、医療を受けることができています。遠いドイツへ来る必要はないのです。ベトナムでの医療支援活動は機能しています。

2017年7月6日、ドイツ国際平和村は設立して以来、ちょうど50年が経過しました。前代表トーマス・ヤコブスのメッセージ「ドイツ国際平和村  設立50年に寄せて」(2017年掲載)はこちらからご覧ください。

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